“銀ちゃん”の新しい夜明け。
すべてはここから始まった。超旧友、ヨシオ・J・マキ氏との付き合い、そしてワシの音楽。同じく超旧友、林“寅”氏もよく言うがアノ頃のワシらは本当に小生意気なヤツらだったはずだ。30年以上たった今日でも、このジャケット写真からはドヒャ~っと“小生意気臭”が発散されている。そういう意味でもこのジャケットを作って下さった写真家の内田巧さんやデザイナーの茂木さんの鋭い洞察と感性にいまさらながら驚かせられる。
とっとっとっ・・・話が逸れてってしまいそう。今日のお題は“銀ちゃん”のあらたしい夜明け・・・・ロサンジェリスのアンノウン・プロヂューサーミキサーでアレンジャーでアーチィスト。ワシらの中では“銀の字師匠”と呼ばれ始めたヨシオさんのお話。この全ての始まり、「銀河鉄道」が空中分解してから(我々は正式に解散はしておらなんだ・・・有名じゃなかったのでその必要もなかったし、自分たちのやりたい事しか考えてなかったので・・・)アメリカに渡った。あの時の気持ちをワシは今でも憶えてる。言い方は悪いが“無謀”に思えた。あの時のアメリカは今よりもっともっと遠かった。そんな所へ行ってだいじょうびなんか??英語はどーすんじゃ??ドルはもっとんのんか??・・・??沢山の???がワシの頭の上で飛び回ってたのを憶えてるのだ。でも結局彼はスッスパア~ンと旅立って行った。スゴイ・・と思った。きっとあの時彼は物凄く大きなアメリカの音楽への憧れと自分を奮い立たせるための物凄いパワーを持っていたのだろう。モヤモヤとしながら日本に居続けたワシとはオオ違いだ。そしてウン十年ぶりに再会して始めたGINTE2プロジェクトで彼、ヨシオさんから感じるのは“何かを形にするパワー”だ。本当に恐れ入谷の鬼子母神。
GINTE2のレコーディング時にサンディエゴだったっけ?海の見渡せる公園にあった木。“風に吹かれて”・・・冷たい雨や“激しい雨”に叩かれながらも根っこをしっかりと大地にはやし暗い夜を渡っていく人達を見守る灯台のそばに立っている。この“傾き具合”がイイ感じだ。この木はワシの中のヨシオさんを象徴している。
正確には昨日、日本時間の11月28日。アメリカ時間では今日、この世に生を受け沢山の人達と共に今まで歩いてきたヨシオさんは、また“新しい夜明け”を迎えた。おめでとう、そして、有難う!彼をこの世につかわし、私たちと同じ世界で共にあゆませて頂くことを、神様こころから感謝します。
PS
実はここ10日間ほど、ダバオの少年野球の事でワシらの所属している現地NGOダート・内田デベロップメント・ファウンデーションが沢山のゲストを迎え忙しく自分たちの事は何にも出来なかったダバメルなので、ヨシオさんのお誕生日にかこつけて、カテドラルでお祈りした後、デナーをたびに行こうと考えてます。
To : Mr.Yosio J Maki
HAPPY BIRTHDAY TO U !
From Merce & Shuji