続・アラオナン・ダバオ、そしてムトウさんは・・・
前回の“ミナポン”ではPNJKファミリー、アラオナン・ダバオのパレード・スタート前の“キンチョー”した汗に手を握るフンイキをお伝えしのだが・・・とりあえず、読者の皆さんも気になってる“ムトウさん”のリポートから始めるのだ。
ダバオ・ドクターズでのHerniaの手術経過も良く先週の日曜日の朝、ワシらダバメルと一緒にお付き合いで教会に行ってくれたときの写真だす。
そんなムトウお父さん、お母さんも今日、日本に帰るのだ。今朝6時、出発前ニワシらと記念写真。
飛行場まで送りに来て下さった田中ファミリーの皆さんともパチリ。
コノ後、ここから10分位のところにあるダバオ国際空港へと出発。
ムトウお父さん・お母さんを送り出してからメルっちゃんやエドナと「明日からあの、お父さんやお母さんの笑顔が暫く見れなくなると、思うと寂しくなるね~!」っとセンチメンタル・ジャーニーになるのダ。・・・・さてさてパレードの続き・・・・
今回のパレード、企画段階でのワシのビジョンはこうだった。・・PNJKストリーマー + PNJKインターナショナル・スクール・ドラム&ビーグル(バトントワラーと鼓笛隊) + フィリピンと日本の国旗 + フィリピン日系人会会長ジュセブン氏と理事の方々 + 大太鼓&PA + お神輿 + “浴衣で盆踊り”隊。しかしダバオ市からパレード人数の制約が出されたため、泣く泣くバトンと鼓笛隊は諦めたのだ。それでも“威風堂々”と歩き始めたのサァ。
リハーサルの時にさんざん怒鳴り散らしたカイあってお神輿にも気合が入った!殆んどがクリスチャンの担ぎ手達もワシらの説明をよく理解してくれて“日本の神”を敬い敬意を持って担いでくれたのだ。
大きな交差点ごとに披露するパフォーマンスに観客達からもドヨメキが上がった。
その、お神輿の後からシズシズとついてくる総勢40人以上の“浴衣で盆踊り”隊も圧巻!一曲 踊り終わるごとに観客から拍手を頂いてた。
サン・ペドロ通り、いっぱいに展開する“浴衣で盆踊り”隊。一番右端の男性?はミンダナオ国際大学・MKD・の学長、ビット先生。日本の学芸大で福祉学を専攻されたそうだ。
ワシらPNJKのストリーマー(横断幕)の前にはダバオ市側から用意された“日本人のダバオへの移民は1904年から始まった・・・”といったキャプションが付いて観客に分かり易くパレードを見てもらうような配慮もあった。2003年、ダバオ最大のお祭り「カダヤワン」の時よりず~っと親切だったのだ!
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