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2007.12.30

英雄ホセ・リサールの命日

Cimg7861 1896年12月30日、マニラのサンチャゴ要塞に幽閉されてたホセ・リサールがスペイン統治政府によって銃殺刑に処せられた。今日はこの英雄ホセ・リサールの日、「Araw ni Jose Rizai」なのだ。ダバオの市役所の目の前にもこの英雄の名前の公園があり(正確に言うと市役所のナナメ前だけんども・・)リサールの銅像が建っている。朝7時30分からダバオ市の式典があり、我がPNJK-IS・フィリピン日系人会インター・ナショナル・スクールの生徒達によってリサールが処刑されるまでの寸劇が披露されたのダ。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%BB%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%AB

Cimg7846 ステージの上に参列する沢山のダバオ市要人、日本領事さん、そしてモツロン、ワシらダバメルのニナン(仲人や後見人のような存在)になって頂いたエスコビリヤ判事や、同じくニノン(ニナンの男性名詞)のフェルナンデス牧師、そして沢山の市民達の集まったダバオ・リサール公園でフェルナンデス牧師のお祈りから式典は始まったのだ。要人の見守る中の国旗掲揚、誓いの言葉に続き、アロヨ大統領からの献花がリサール像に捧げられる。Cimg7856

警官隊による3発の礼砲。Cimg7873

BGMとともにリサール・物語が朗読され・・・リサール公園のゲートの外から小太鼓の音が・・・・

小太鼓を先頭に処刑場に向かうリサールの行列を演じてるのダ。この子もPNJK-IS高校部の鼓笛隊のメンバーでリコーダーの生徒でもあるのら。Cimg7877

牧師さんに付き添われ後ろ手に縛られたホセ・リサールがやってきた。Cimg3397

この写真は2006年の5月にマニラのイントラムロスhttp://cardiacsurgery.hp.infoseek.co.jp/Children053Manila.htm に行った時のもので手前はワシで奥がホセ・リサール。真鍮板で作られた足跡が石畳に続き彼が処刑されたマニラ湾を望む現在のリサール公園(ルネタ公園)へ向かってる。

http://davashu.way-nifty.com/blog/2006/05/post_f9a9.html

Cimg7878_3 リサールの後には処刑のための砲兵隊が続き・・・・Cimg7881

その後にリサールを慕う市民達が続く。Cimg7891

フェルナンデス牧師、エスコビリヤ判事の見守る中寸劇はクライマックス。Cimg7899_3 

砲兵隊の銃弾によってリサールは処刑された。市民は抵抗のこぶしを振り上げる。Cimg7907

さらに倒れたリサールの周りに人々が集い合う・・・・Cimg7905

センター・ステージではこりゃまたリコーダーの生徒、クリスティンがフィリピンでは有名なサラ・ヘロニモという女性歌手も歌ってた歌をすんごく上手に歌い上げる。よくわからないけど愛するもののために、とか国を愛する、とか自由のために、とか言う内容だと思うが・・・とにかくこりだけ沢山の人の前で堂々と歌い上げたクリスティンや小太鼓やリサール達を演じた生徒達にワシはフル・スイングで拍手!いや~えかった、ええもん見せてもろた。Cimg7913

堂々と行進していたコイツも・・・Cimg7915

すごくカッコよく撃って、すごくカッコよく撃たれたアイツらも・・・Cimg7863

頑張ってこぶしを振り上げたコノ娘達も・・・・パフォーマンスが終わればいつもの愛嬌!Cimg7864

みんなお疲れさまだす。

ええパフォーマンスをアリガキ!

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